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阿部幸大のブログ

中二病の英訳について[第二版]

 

中二病」をいかに英訳すべきか?

 

この問題を、わたしは折に触れて考えてきました。もちろん、その答えはひとつではありえません。本エントリは、これにひとつの解答例を提案することを目指します。

 

◆ 中2

 

「〜年」といえば、まずは xxth-grade といった英語が思い出されるでしょう。

 

アメリカでは小中高の12年間を通してカウントするので(いわゆるK12)、中学の2年は eighth-grade になります。だから、たとえば中二病eighth-grade syndrome といった言い回しで表現することが、まずは可能です。

 

ただ、「厨二」という、いかにもネットスラングっぽい表現に充てる英訳として、eighth-grade はさすがに冗長です。

 

仮に 8th と表記するにせよ、「中二病」の含意としては何より「二年目」の自意識がポイントであるはずですから、「8」では何のことだかわかりません。

 

そんなわけで、この線でいけば、8th と言うよりは 2nd-grade syndrome のほうがベターでしょう。ためしに「中二病 英語」でググってみると、Middle-school 2nd year syndromeとか、やはり似たようなものが見つかります。

 

しかし、これもやはり、うまくないように思えます。

 

これではなんだか長ったらしくて、和訳すれば「中学の二年生の症候群」と言っているように感じられます。これは中二病」の簡潔さには程遠いのです。

 

もっと短い言い回しで、かつ、英語圏の人間であれ全人類が共有している筈の、あの14歳前後の痛々しい記憶を、いくらかでも指し示すことが出来るような、しかも説明臭くない表現へと、この「中二病」という便利な言葉を移植できないものでしょうか。

 

 

◆ sophomore

 

ところで、アメリカでは大学の1年生を freshmanと呼ぶ習いであることは、知ってる人には有名な話でしょう。これは4年生まで名前がついており、それぞれ

 

1. freshman

2. sophomore

3. junior

4. senior

 

となっています。わかりにくいよね。

 

そして、「2年生」を指す sophomore は、freshmanなどよりも遥かに奥行きのある単語なんです。ちなみに「ソフォモア」と発音します。

 

というのも、この単語、大学の学年に限らず、「ある経験において2年目の」という、もっと広い意味で用いることができるんです。

 

そこで sophomore のニュアンスに肉薄すべく、sophomore の形容詞形、sophomoric を、英英辞典 Webster 3 で引いてみましょうーー

 

sophomoric 2 a) exhibiting a firm and often aggressive conviction of knowledge and wisdom and unaware of limitation and lack of maturity

 

これ見たときは爆笑でした。噛み砕いて訳してみると、

 

「自分には知識や分別があるのだということを頑として(ひどい例だと攻撃的になって)示そうとするが、はたから見れば自らの未熟さや限界に気付けていないさま」

 

これだwww

 

もうひとつ、手元にあった英和辞典で最も sophomoric の語義が詳しかった『ランダムハウス英和大辞典』を引いてみると、

 

sophomoric 2 《米》(特に知的な気取り・うぬぼれ・自信過剰などで)2年生っぽい;青くさい、うぬぼれているが未熟な、知ったかぶりの、生意気な、こましゃくれた

 

とのこと。おk。なんかつらい。

 

どうやら、この単語が「2年目」の「イタさ」を言おうとしていることは間違いがなさそうです。

 

というわけで sophomore、採用。

 

◆ 病?

 

ではつぎに、「病」はどうしたらよいでしょうか。

 

冒頭で提示した英訳では、とりあえず syndrome としていました。この語をふつうに訳せば「症候(群)」であり、sophomore syndrome という表記は、まったく悪くありません。エスの音で頭韻していますし、たしかに中二病」は「病気」じゃありません

 

しかし。

 

syndrome は病気未満の「症候」を指しますが、これだと、どちらかと言えば「中二症」です。

 

そもそも、病気ではないある特性(イタさ)を、比喩的に中二「病」と呼んでいるわけですから、英語も「症候」ではなく、あえて間違えて、「病」にあたる単語を採用することで、むしろ対称的なズレを持たせることができる、と考えてもよいはずです。

 

そこで、「病気」を類語辞典で引き、そこから馴染みのある単語を列挙してみるとーー

 

illness, sickness, disease, malady . . .

 

などが見つかります。が、そもそも「ナントカ病」の英訳はほとんどの場合 disease で表現されるんです。(壊血病:scurvy のような特別な名前がついた病気でない限り。)

 

ためしに辞書を引いてみると、ハンセン病(Hansen's disease)、精神病(mental disease[これは illness もよく見ます])、難病(intractable disease)などなど、多くのパターンにおいて、やはり disease が当てられています。

 

というわけで、sophomore disease を、採用すべきである……

 

 

そんなふうに考えていた時期が、俺にもありました(3年前)

 

 

以下に修正案を示そうと思います。

本エントリが[第二版]となっているのは、以下の修正部分についてです。

 

そもそも、中二病」はつねに名詞で(というか名詞的に)用いられるわけではありませんむしろ形容詞が多いはずなんです。

 

いま却下した illness と sickness は、どちらも ill と sick という形容詞に -ness という接尾辞を付した名詞化表現ですが、この、元の形容詞を使って、たとえば「あいつは中二病だ」というときに、He's sophomore disease. ではなく He's sophomore sick. といったふうに言えれば、だいぶ簡潔に表現することができます。

 

チュー・ニ・ビョーの3音節の感じにも、sophomore sick は、より近いです。

 

しかし、 sick はあくまで形容詞なので、中二病:sophomore sick というふうに逐語的に対応させることはできないのが難点といえば難点です。中二病は名詞ですから。

 

名詞表現のときにだけ sophomore sickness と言う、という選択肢も考えられますが、これと sophomore disease のどちらがベターかというと、ちょっと迷うところです。

 

が、disease がまずいのは、これが形容詞用法を制限してしまうためなんです。

 

どういうことかというと、形容詞には①名詞の前にくっつく限定用法と(a sick man)②be動詞の補語になる叙述用法(The man is sick)があるのですが、disease の場合、補語にはなれても、限定用法で使うことができないのです。

 

つまり、He's sophomore disease. とは言えても、a sophomore disease man とは言えないわけですね。形容詞にできない。

 

これは考えてみればマジで不便です。

 

中二病という日本語は、日常会話においては「あいつ完全に中二病だろw」といった(英語ではbe動詞を用いた文型での)用法と、「俺の中二病の兄が……」といった用法が多いので(形容詞の限定用法)形容詞用法の言いやすさを優先したほうが良いのではなかろうか、と思うわけです。

 

名詞化されるときは中二病の良いところは、」といった感じで用いられるように思うので、このときだけ sophomore sickness と言えばいいし、なんなら sophomore sick を名詞化してしまうという蛮勇も許されるかもしれません――が、そこまではわかんないので、あとは英語圏中二病患者に委ねます。

 

◆ 結論

 

てなわけで、「中二病」にあたる新英訳語を、本稿の第一版は

sophomore disease

だと結論していたのですが、今回の改稿にあたって、

sophomore sick(ness)

がベターであるという、いささか歯切れの悪い結論に修正したいと思います。

 

なお、英語では sophomoric としなくても、名詞+名詞で前者の名詞が形容詞的に働くので(book store みたいな)、sophomore のまま用いることができます。

 

ところで、sophomore を採用したメリットはまだあって、sophomore は soph と略されるんです(辞書にも載っています)。したがって、

soph-sick(ness)

と短縮することができるわけです。

 

この点に関しては、形容詞表現を考えると、soph-disease より soph-sick のほうが圧倒的によいということがわかると思います。

 

He's soph-sick.He's soph-disease. あるいは a soph-sick mana soph-disease man では、どちらも前者のほうが二段階くらいマシです。

 

またさらに言えば、「〜奴」、「〜野郎」といったニュアンスで、

sophie

とすることもできます。

 

(これは、冷戦期にアメリカ人が共産主義者(Communist)を指して、軽蔑的に commie (アカ)と呼んだことが思い出されたり、またさらに差別的なものとしては……)

 

まぁとにかく、日本語でも「病」が落ちて「あいつ中二だから」といった表現がなされますが、これとパラレルなかたちで、sick を落として sophie と言えるのは嬉しいですし、すでに触れた sophomoric ではなく、

sophic

という形容詞に中二というニュアンスを与えることもできそうです(いちおう sophic という英単語はそもそも存在しています)

 

他にもいろいろなバリエーションがありえると思いますが、このへんで。

 

 

◆ 追伸

 

ちなみにこの訳語を決定する必要に迫られた理由というのは、週刊少年ジャンプの漫画暗殺教室のスピンオフ企画である英語参考書『殺たん』に、「中二病」の訳語を記載することになったためでした。

 

本書には「中二病」の他にも、いろいろな造語を仕込んであります。

 

というわけで、以下の拙著も、どうぞご贔屓に。