0.はじめに
前回のライティングに関するエントリ、「文体を作ろう! それなりに英語は読めるのに英作文が極端に苦手なあなたへ」が好評だったので、そこで告知したように、第二弾です。
今回はスピーキング対策について書きます。
前回と同様、どちらかと言うと抽象的なモデルの話になります。理論編です。つまりこれを読むだけでは、じっさいの英会話の知識は身に付きません。
が、理論は、実践の役に立たないわけではありません。
まず原則として、勉強というものは、目の前の具体的な知識をひとつひとつ覚えたり理解していく地味な作業を長期にわたって積み重ねなければ、成果が出ることはありえません(←偉そう)。
どんなに賢くて英語ができる人も、当然英単語は1つ1つ地道に覚えてるってことです。
しかし、それと同時に、良質な勉強にはヴィジョンが必要です。いま言っているのは、たとえば「東大に入る」「TOEICで950点取る」といった目標ではなくて、自分が今やっている勉強にどういう意味や効果があるのかを、きちんと理解するということです。
いわば、この勉強には意味があるんだ、と自信を持って取り組めるための理論的な根拠ですね。
本エントリは、スピーキングの勉強において、その一助になればと思っています。
さてさて、スピーキング上達の極意は、
文法のショートサーキット化
にある、というのが今回の結論です。
ショートサーキットというのは、「短絡」と訳しますが、日本語ではバチっと「ショートする」という時に使っている意味ですね。
ちょっとわかりにくいんですが、ほかに良い言葉が思いつかなかったので、まぁこれで行きます。
以下ではスピーキングの勉強をアナログとデジタルという表現で2つに分けて考えますが、その説明のあと、この考え方がライティングの勉強にも有益である、という話に進むことにします。
1.デジタルとアナログ
ではまず、What are you talking about?(何言ってんねん)という英語表現に到達する方法を、2つにわけて考えてみましょう。
第一に、「ワラユターケナバウ?」と音を模倣してしまう方法があります。
これは文法を考慮することなく音ごと覚えていくタイプの勉強です。もちろん文法を解析することも可能ですが、英語の知識がまったくない人でも、このまま言えば意志を疎通することができるわけです。巷の「旅行先でのとっさのひとこと」系の本は、この方法に特化したものですね。
これをアナログな発話と呼びましょう。
第二に、「What は疑問詞だから文頭に置き、現在進行形の疑問文だから are you、talk は自動詞で……」と、文法や語法のルールから演繹して導きだす方法があります。
これは音を記憶するタイプの勉強とはまったく異なり、そのつど、脳内で言いたいと思っていることを、文法の回路を経て、具体的な表現に変換しているわけです。
こっちをデジタルな発話と呼ぶことにします。
さて、おそらく、「英会話の勉強」といえば前者のアナログなほうをイメージしていた人が多いだろうと推察します。
本エントリは後者の話をするのですが、先に言っておくと、前者のアナログな勉強は、いつまで経っても必要です。
たとえば「ありがとうございます」ひとつとっても、このままでは丁寧に響きすぎるので、「あざーす」ぐらいのほうが相応しい場面もある。これはルールではなく傾向の問題です。
会話表現の勉強の醍醐味は、こうした傾向を知り、使ってみることにこそあるわけです。
本エントリの読者のなかにもTwitterで「今日のタメ口英語」をフォローしている人は多いと思いますが(素晴らしい仕事だと思います、量がヤバい)、「こういう場面では、その表現でも通じるけど、こっちのほうがハマる」みたいな勉強は、大切だし、なんか楽しいです。
そうした領域の知識は、デジタルな勉強では身に付きません。だから自分の英語表現をあざーすレベルに引き上げようと思うならば、アナログな勉強はずっと続きます(以上からあきらかですが、これはリスニングの勉強ともリンクしています)。
それに対して、デジタルな勉強には、終わりがあります。およそのゴールがあるのです。
アナログとデジタルの関係は、語彙と文法の関係に似ています。語彙の勉強には終わりがなく、覚えれば覚えるほど豊かになってゆくのに対して、文法の勉強にはだいたいの「完成」があるからです。ルールってそういうもんですよね。
そしてこれは比喩であるばかりでなく、会話におけるデジタル領域とは、先にも「Whatは疑問詞だから……」などと述べたように、まさに文法の領域なのです。
ではわたしたちには、文法の知識が不足しているんでしょうか?
2.日本人が英語を話せない本当の理由
ここで、日本において提起され続けている次の疑問を考えてみましょう。
なぜ中1から何年も英語を勉強しているのに、日本人は英語が話せないのか?
この疑問に対する第一の答えは、日本の授業では会話をしないから、ということでしょう。そのとおりで、会話のトレーニングをすれば会話はうまくなるに決まってます。
が、「だから授業に英会話の場面を導入しよう」という対策は不十分です。それは対処療法にすぎない。
問題をより正確に捉え、具体的な打開策を提示する必要があります。
わたしたちは、ちょっとくらい喋れるようになってもおかしくない勉強量を英語学習に割いてきました。だから勉強の方法に問題があるはずなんです。
いったい、わたしたちの勉強のどこがいけないんでしょうか。
それはズバリ、習った文法事項を、語彙を入れ変えて何度も使うトレーニング、この欠如にあります。
これは難しくありません。たとえば I have a pen. でいい。
この一文にはいくつかの文法規則が適用されていますが、ここでは、他動詞という文法事項を練習してみましょう。
他動詞という文法事項の規則は、①文頭に主語として名詞、②つぎにその動作を示す他動詞、③その動詞のうしろに直接(前置詞なしで)また名詞、というルールであるとここでは考えます。名・動・名。SVO。
このルールだけを意識して、語彙をどんどん変えて行けばいいのです。
I have a dream.
He plays the piano.
She likes dogs.
Kevin loves her.
The dog reads books.
ここでたとえば、
Dogs reads a books.
とか間違ってしまっても、ここではかまわない。名詞+動詞+名詞という他動詞のルールさえ守られていればOKです。
とにかく、身につけたい文法事項に、既知の語彙を代入して「使う」という意識が大事です。ゲームです。これ中1からできますよね。
こうした、ルールの運用に集中して文法を「使う」トレーニングを、わたしたちはまったくやっていません。
たとえば上の他動詞の例がアホらしく思えたひとは、主語に関係代名詞のついた第二文型の疑問文を、即座に作れますか?たとえば、
道を歩いているあの人はあなたの先生ですか?
Is the man who is walking on the street your teacher?
こんなのです。
この例は一気に難しくなったように見えますが、見てのとおり日本語も英語もごく当たり前の内容です。語彙も文法も中学レベル。関係詞+第二文型の疑問文なんて、使えないと日常でもちょっと不便です。
しかしこれを瞬時に言えた人は、たぶんこのエントリを読む必要などないでしょう。
が、「15秒あれば書ける」という人は多いと思います。そうなんです。わたしたちに足りないのは、語彙力でも文法力でもない。それを正しく並べて文に組み立てるスピードなんです。
そしてあなたがもし文法も語彙も知識的には十分なのに Is the man who . . . が瞬時に出てこない、それゆえスムーズな会話ができない(=喋れない)とすれば、問題は、ひとえに速度にあります。
なぜ日本人は英語が話せるようにならないか?
それは文法を使うのが遅いからです。
3.英文法ショートサーキット化計画
というわけで文法を高速化しましょう。
これは全文法事項をマスターしていなくても、他動詞の例で見たように、そのつど習ったものを反復練習すればOKです。そのとき、習ってない範囲の文法事項を間違えてしまっても無視です(既習の範囲は正すべきでしょうね)。
以下、まずは英語力に自信のない人むけに教材を紹介し、それから勉強の得意な人むけに、自習方法を紹介します。
まず教材としては、
このめっちゃ売れてる本があります。紹介するのが悔しいくらい。いま英語の本で一番売れてるんじゃないか。たぶん多くの人が知っているでしょう。
これは文法項目ごとにページが分れていて、超平易な英文をバシバシ作っていくという本です。
じつはこの本には元ネタがあって、わたしが参考書マニアの自宅浪人生だった時代には、
これらの市橋敬三の同趣旨の本が知られていました。
どれも演習用にシリーズ化しています。『話すための英文法』はレベルが後半に進むに連れて焦点がアナログ寄りになっていきますね。市橋はクセがありますが、すげぇ勉強家です。
これらは買って試してみれば良いんですが、ただ使いかたによって著しく効果を減じることになるので、まえがきなどを注意深く読んで趣旨を理解して使わないといけません。
この本、売れていますが、たぶんこの「ちゃんと使いかたを理解する」というところで大部分の読者が躓いて、効果を引き出せていないのではないかと推察しています(本のせいではない)。理論って大事なんですよ。
上述の本は勉強を初めてみるのに簡便で、最初に頼ってみるのはお薦めですが、けど結局これって、それなりに英語力がある人――というか、中3までの英文法はオッケーというレベルの人なら、自分でできちゃうんですよね。
この自分の頭で考える方式は、実際に人と喋るときの感覚に近いのが良いところです。
逆に言えば、上記の本は、左に和文、右に英文という配置になっていて、英文を隠しながら作文していくんですが、与えられた日本語を訳す作業にすぎない点に限界があると言えます。ちょっと受動的なんですね。
単語帳で見れば思い出せるのに、いざ試験で英文を読んでいるときに単語の意味が思い出せない、あの限界とよく似ています。
むろんそれでも基礎作業としてはたいへん有用ですので、繰り返しますが、ふつうにお薦めです。
以下の自習方法では、よりリアルな会話の場面における即時性に対応した、言いたいことをスルっと言えるようになるための、具体的な練習方法の例とモデルを紹介します。
では、ちょっと極端な例で試してみましょう。
たとえばあなたには、一般動詞の疑問文の文頭にくる Do+主語を、すべての人称と数でDoとDoesを間違わず、なにも考えることなくスムーズに発話できる自信がありますか?主語が一般名詞だとどうですか?主語の後ろに来るいろいろな動詞まで含めるとどうでしょう?
Do I (have to) . . .?
Do you (want me to). . .?
Does he . . .?
Did she . . . ?
Did they . . . ?
Do people . . . ?
Does your mother . . . ?
Do her dogs . . . ?
わたしはたとえばこんな練習をして、自分の口が Did they や Do her などに(Do you などにくらべて)あまり慣れてないということに気付いて衝撃を受けたりしました。代名詞しか使っていない中1の文法の冒頭2語ですよ。マジかよと。
こんな初歩的なレベルでわたしたちは躓いているんです。
このトレーニングは見てのとおり、まったく難解ではありません。ひとつの文法事項を選んで、誰でもできます。
ちなみに上記の例は、かなりミクロなトレーニングです。Did they がヘタだなと思ったら、Did they watch, Did they have, Did they play, などと無限に動詞を代入しまくってみる。この箇所だけ部分練習します。これはとくに文頭が大事です。
そして、これをたとえば上述した関係詞+疑問文のような文単位のデカめのトレーニングと組み合わせたりして、ずんずんやっていくわけです。ここでも which is より which are のほうが言いにくいとかミクロな発見があったりするでしょう。
構文レベルと音レベル、ふたつの次元から攻めるわけです。
いずれにせよポイントは、「えーと」と考える時間を削っていくことです。スポーツみたいなもんですね。
そしてできれば、限界まで高速化して距離をゼロまで持っていく、というレベルまで練習することをお薦めします。
「こういうことが言いたい」と思った瞬間に口が動いてしまい、語彙以外の部分においては抵抗がほとんどゼロである、このような状態が理想なのです(あくまで理想です)。
「Whatは疑問詞だから……」という文法知識の回路を経ないようにするわけですね。
わたしが「文法のショートサーキット化」と呼んでいるのはこのような意味です。
冒頭で「短絡」という訳を紹介しましたが、これは「繋がるべきでない2箇所が繋がっちゃう」という意味です。つまり、経るべき回路(=文法)をすっ飛ばして、脳と口をバチっと繋げちゃうわけです。
この超高速化を全ての文法領域において実現しなさい!というと引いてしまうかもしれませんが、このショートサーキット化された範囲を、簡単な文法事項から、徐々に増やしていけばいいのです。速度もちょっとずつでいい。
そうすると、これはもう当たり前なのですが、そのつど徐々に、しかし確実に「喋れる」ようになってゆきます。
日本人って「英語喋れる/喋れない」という区別をするとき、それなりの実力があってもなかなか自分は「喋れる」側だと言えませんよね。まさにこの日本的な意味での区別において、英語が「喋れる」ようになってゆく。
よくバイリンガルの人やネイティヴの人が、「中学文法さえマスターすれば現地でも余裕でやっていける」と発言しますが、その「マスターする」というのはこういうことなんです。
前回のライティングの話では「脳から表現への回路を太くしていく」といった比喩を用いましたが、こんどは「脳から口への回路を短くしていく」わけです。
この回路の距離がゼロになったとき、アナログとデジタルの境界は、もはや消滅するでしょう。
それがショートサーキット化の完成です。あとは無限にアナログな表現を吸収してゆけばいい。
4.ライティングへの応用
あとは余談です。以上を英作文に適用すると、ちょっとおもしろい分析ができます。
以下、モデルとして便利なので、A4の紙に書かれた500wordsの英作文をイメージしながら書くことにします。
まず、どんな文章でも、決まった言い回しが一定量を占めているはずです。
日本語でも同じです。本文をちょっと遡って拾ってみると、「ここで重要なのは、」「それと同様に、」「〜について考えてみましょう」などがこれにあたります。前エントリで羅列したやつですね。
これらのフレーズは、文脈を大きくハズさなければ、いつでも、このままコピペで使うことが可能です。
つまりアナログに書かれた部分であり、原理的に、この言い回しをストックしてそのまま使うだけで、そのぶん文中の間違いは確実に減ります。
減点法で考えてみましょう。A4の500wordsのうち、これに該当する箇所をマーカーで潰した図を想像してください。マーカーの塗られた箇所は、確実に間違っていない部分です。
さらに言えば、表現をストックした結果として、学習者はそれを積極的に使うことが期待されるので、じっさいは、マーカー部分は思ったよりも増えます。100wordsくらい行くんじゃないかな。
たとえば It goes without saying that . . . とか、On the one hand / On the other hand とか、そういうのですね。
このように、アナログ要素には副詞的な働きのフレーズが多いので、わたしはこれを総称して「文の副詞的要素」と呼んでいます(ちょっとミスリーディングなんですが)。
これらには、文中の誤りが減るだけでなく、文章が論理的になる、接続詞などが増えて読みやすくなるというオマケもついてきますね。
つぎに、デジタルな部分です。
いまA4の紙でマーカーが塗られていない全範囲がデジタル領域です。
ライティングにおいては、上述のようなスピーキング的なスピードは要求されません。が、しかし、やはりショートサーキット化を達成すると、思いつく英文が変わってきます。基礎体力がつくみたいなもんですね。
まぁそれは当然で、ほとんどの英文をシュッと思いつく人間と、平易な文章もウームと考えながら書く人間とでは、やっぱ差があります。
ここで残りの400wordsの全領域を覆うことのできない、新しい領域が見えてきます。
それは、文法がわからない、という場面です。これはとても重要です。
これ、上述した内容と矛盾しますよね。なぜなら「ショートサーキット化の完成」は文法を無意識で「使える」レベルに磨き上げたものだからです。
ショートサーキット化を仕上げても、普通の日本人にはまずカバーできない文法領域があるのです。
その代表格はズバリ、冠詞 です。
ある高名な言語学者は、日本人に最後まで理解できないのは、時制、冠詞、前置詞だ、と述べています。
これらについて、前置詞はかなり語彙(アナログ)寄りの問題であるのに対し、冠詞と時制はルールの問題であるように思います。個人的にはこれに助動詞も追加したい。
わたしは恥ずかしながら時制の難しさがピンとこないレベルで時制のことがよくわかっていないのですが、冠詞という文法領域の「深み」は書いていてつねに感じます。
これについては目下勉強中で、いまは解説できません。
ともあれ、大事なことは、「ここはどうしても正しいと確信できる文が書けない」という最後の領域が、いくつか見つかるということです。
そして、それはもう作文の残り数wordsです。
しかしこれは本エントリの扱える話題ではありませんので、またの機会に。
さて次回は、前回も書いたように、前置詞をネタに書こうと思っています。ビッグスリーの1人である前置詞さんです。
わたしは現在、冠詞と助動詞を勉強中なんですが、前置詞は高校時代からずっと勉強してきた分野なんですね。じつは、すでに参考書も書いています(→
)。
というわけで、次回は前置詞学習の意義と全体像、そしてさまざまな教材を紹介しながら、前置詞マスターになるための王道を提示できればと思います。
前置詞編、張り切って書きますので、お楽しみに。
来週も〜?(耳に手を当てる)